あめふらし
「あっめあっめ、ふっれふっれ」
水たまりに、わざと足を突っ込む。レインコートのすそに、泥水が点々とはねる。
「かーぁさっんがー」
目に雨粒が入ったので、さっきから視線は下がりっぱなし。
「じゃっのめっで、おっむかっえ」
背負ったランドセルはもうびしょびしょで、下手をすると中身も全滅かもしれない。
「うっれしーぃなー」
長靴にまで水が入ってきた。ガキっぽくてあんまり好きじゃない、くすんだ黄色の長靴。
次を歌い出そうとしたところで、ふいに、雨が降ってこなくなった。
え?と思って見上げると、そこには、大きなこうもり傘と翡翠の瞳。
「……何やってんだ」
いつの間にか、カタツムリより歩みが遅くなっていたらしい。方向音痴の癖に俺の居所は分かったのか、とちょっと嬉しくなった。
「ゾロ、おれ、今日授業中に誉められたんだぞ」
にこっとしながら云えば決して拒まれないと、知っている。それでも。
「そっか」
ほんの僅かに緩んだ口元に、優しく頭を撫でる手のひらの感触に、自分はこんなにも幸せになれる。
「帰るぞ」
差し出された手をつないで帰る。雨はもう止みそうに弱まっていたけれど、どうか、家に着くまではこのままで。
「黒い傘で相合傘しちゃいけないんだぞ。別れちゃうんだぞ」
「他に無ェ」
「ねぇ、帰ったらおれ、また料理するよ」
「今度は食えるモン作れよ」
「ウルセェ!いつか天才コックって認めさせてやるっ」
「おー、云ってろ。期待しないで待ってる」
いつの間にか上がった雨には、もう少しだけ気付かない振りで。大きな傘で見えない空よりも、今は足元の雨色の花を眺めよう。
誰もいないこの小道が、ちょっとでも長く続きますように。
<fin.>