脳裏に蘇るのはいつも、あの日の夜の甘やかな記憶。


『……ベルメールさん。』
『ん、ナミ? どうしたの?』
『喉、渇いちゃって……。』
『水汲んだげる。そこ座って待ってな。』
『ん。』

 腰を上げたベルメールさんが座っていた椅子に腰掛ける。足が高くて細身なその椅子は、私が座ると不安定にぐらぐらと揺れた。
 振り返ったベルメールさんが、ちいさく笑う気配がした。
『ホラ、水。今日はコレ飲んで早く寝なよ?』
『はぁい。』
 その時。
 テーブルの上に灯していたキャンドルの光が、ベルメールさんの動きに合わせてふわりと揺れて、テーブルにひそりと置かれたグラスをきらりと映し出した。
 炎のオレンジだけじゃない、グラスの中身は、今まで見たことがないくらい綺麗な蜜柑の色。
『ぅわ、ぁ……。』
 思わず、その表面に手を伸ばす。あと少し、というところでしかし、横から伸びた腕にひょいと取り上げられる。
『コレはオトナのお楽しみ。アンタにゃまだ早いよ。』
 陰影のついた斜め横の顔が、に、と笑う。ちょっとむくれて、言い返す。
『じゃ、幾つになったらオトナなのよっ。』
 今日で、ようやく7歳になった。まだ子供だっていうのは自覚してる、けど。
 ベルメールさんはちょっと目を見開いて、
『んー、そうね……。』

『じゃあ、10年後。』

『10年後のアンタの誕生日に、作ったげるよ。また、今日みたいに、夜中にこっそり起きてきな。』
 そのときのあたしに、夜中にこっそり、なんて言葉はとても魅力的だった。
『うん、絶対約束だからねっ!』
 ちょこっと指を絡ませて、離したらそれは絶対的な二人だけの“約束”。
 もう寝な、と微笑んで、最後にベルメールさんはこう言った。
『覚えときな、このカクテルはね――――』


 ――“ゴールデン・マルガリータ”って言うんだよ。



End.