「ゾロ、飯出来た。」
 サンジが背中越しに声を掛けても、返事は聞こえてこなかった。
 振り向いてみれば、テーブルに顔をつけてゾロは熟睡している。
 やれやれ、と首を振って、結局ちょっとずつ、両手に皿を乗せてテーブルへと料理を運ぶ。
 点けっぱなしのテレビはゾロがいつも見ている方のバラエティではなくて、その裏番組。今日は野球中継で潰れてしまっているのだ。画面の中ではそこそこ売れ始めた芸人が、番組の企画で何やら告白をさせられている。
「……ん。」
 匂いにつられたのか、ゾロがもぞ、と身動きして頭を起こした。纏わりつく眠気を振り払うように瞬きを繰り返している。ふ、と微笑って、サンジがゾロに呼びかける。
「ほら、飯。出来たぜ。」
 箸出して、と言うと、頷きだけを返してのそりと立ち上がった。冬眠から起き出した熊みたいでちょっと笑う。
「はい、ありがと。んじゃいただきます。」
「……ただきます。」
 声が少し掠れている。一体どれだけ眠っていたんだろう。騒々しいテレビに再び目を向けると、そこではさっきとは違う芸能人が、どこかでO.A.を見ているであろう恋人へ向けて、改まって想いを伝えていた。
「……いいなぁ。」
 ぽつり、独り言として呟いた言葉に、ゾロが何がという目線を向けてくる。口の中はメインディッシュのロールキャベツで一杯だ。お行儀悪いなあと思いつつも、その食べっぷりはやっぱり嫌いじゃない。違う、訂正。そんなゾロの食べ方が、好きだ。
「公共の電波で愛の告白、なんてさ。めちゃくちゃ愛されてる感じじゃねぇ?」
 あいのこくはく、と、口に出しておいて何だか照れた。今、自分たちの距離は物凄く近い。
 口の中のものを飲み下して、ようやっとゾロが口を開いた。
「そういうもんか?」
 その台詞にがくりと項垂れる。あーあ、全くコイツは。
 サンジのちょっと傷付いてしまったナイーヴなハートなんか放っておいて、ゾロが言葉を続けた。
「お前のことだから、直接言われたほうがいいのかと思った。」
 ん? と顔を上げる。すぐ傍に、穏やかなゾロの顔がある。
「そ、それは勿論そうだけど。でもさ、こんな、国民の皆様の前でってのも、なかなか情熱的だなあと。」
 ヤバイ。一人でどんどん顔があっつくなってきた。テレビはもう別のコーナーに移ってしまった。全く、何だって俺はこんな話題を選んじまったんだ。
 心のうちで盛大に照れていたサンジは、だから、ゾロが次の言葉を発したとき、危うく米粒を噴き出しそうになった。

「……やってやろうか。」

「……て、テメ、何言ってんの!」
「……うるせェ。」
 必死に喉を通して声をあげる。テーブルに軽く突っ伏すようにして見上げたゾロの頬が薄っすらと赤く染まって、また照れた。
 そんな顔するなら言わなきゃいいのに。
 そう思ったまま苦笑を作って、揶揄を込めた口調になる。
「だぁめ、そしたら俺、嬉しすぎて腰抜かして、その場から立ち上がれなくなっちまう。」
 そしたら面倒見てくれる? なんて、わざとらしい上目遣いになって。
 すると何を察したのか、ゾロもにやりと口端を吊り上げた。
「おォ、見てやるよ。」
「ッ……。」
 せっかく引きかけた血流が、あっという間に顔中に戻ってくる。今度こそ恨めしく見上げたゾロは呑気に次のキャベツの一切れに箸を伸ばしていて、やっぱし天然だコイツ、タチが悪い。
「俺、それのほうが嬉しくて死にそう……。」
 頬だけを冷たいテーブルの天板に突っ伏すと、どうでもいいけどこれ貰っていいかとゾロの声が降ってきて、サンジはますます幸福を噛み締めた。

End.