「オラ、蕎麦出来たぞ。」
どんぶりを二つ抱えたサンジが、炬燵と一体化しそうになっているゾロの隣に潜り込む。ひやりと冷気が流れ込んで、ゾロはぶるりと身震
いすると頭を少しだけ持ち上げた。
「早く喰わねぇとのびちまうぞ?」
そう言いながら、穏やかな笑顔で覗き込んでくるサンジ。テレビではもう『ゆく年くる年』の除夜の鐘が始まっていたが、ゾロのアタマの中は
煩悩で一杯になった。
付き合い始めてまだ日が浅い二人。恥ずかしがって先に進むのを嫌がりまくるサンジ相手に、漸くキスを交わせたのだってつい先日の話。
『魔獣』の異名を持つゾロとしては、拍手喝采を浴びてもいいくらいの耐えっぷりである。
しかし、そこは健康な19歳。妄想だけは一人前に、一人空しく己の掌を濡らした夜だって数えきれない(片想い中含む)。そこにきてここ
最近の、緊張の取れてきたサンジの時折見せる無防備な笑顔。
(お前を喰いたいわ!)
悶々と見当違いのツッコミをするゾロの隣では、サンジがのんびりと蕎麦を啜る。
そして。
「おっ♪……な、ゾロ、こっち向け。」
「んぁ?」
脳内で可愛らしく喘いでいた人物から命令口調で話し掛けられ、ちょっと不機嫌になりながらゾロが右隣を見やると、
「…………っ?!」
いきなり、顔を両側から固定された。
目の前には、ほんのりと上気したサンジの真剣な顔。
(こっ……これは…………!)
「5……4……3……2……。」
言いながら、サンジの顔はどんどんと近付いてきて……。
「1……。」
吐息も触れ合おうかという距離にまで迫ったその唇に、思わず誘われるように口付ける。
「んんっ……!!」
いつもは甘いその口内に、僅かに残るのは塩っぱい出汁の味と卵の風味。
(月見蕎麦か。)
前にゾロが好きだと言った、その些細な一言を覚えていてくれたのかと、益々嬉しくなって思う存分味わい尽くす。
漸くゾロが解放したときには、僅かに紅いだけだったサンジの頬は真っ赤に色付いていて。
「ふはぁ……っ。」
大きく息を吸い、開口一番、
「ハッピーニューイヤーって言ってからにしようとしてたのに!」
等と言われてしまっては、弛む頬を抑えられる筈もなく。
「わ、悪ぃ悪ぃ。」
「笑いながら言うなー!」
涙目のまま思いっきりゾロを蹴りあげると、サンジはコートをひっ掴んで足音も荒く玄関へ向かった。
勿論、照れていただけだと思っていたゾロは慌てる。
「おい!何処行くんだよ!」
必死に腕を掴んで引き止めると、
「……は、」
「は?」
「初詣だよ馬鹿!お前も早く上着着てこい!!」
こちらも必死らしく、一旦熱が引いたはずの顔は再び真っ赤に染まっていて。
(……やっぱ照れてただけじゃねぇか。)
自分の顔が薄ら赤らんでいるのには気付かないまま……。
「うおっ!寒ぃ!!」
「なぁ、神社まで競争しねぇ?」
「あ゛ん?!」
「負けた方がコーヒー1本奢りなー!」
「は?!オイ、こらっ……ちょっと待てェ!!」
「誰が待つかよ……っうわ!」
「「絶対ェ負けねぇ!!」」
深夜の住宅地に安眠妨害な会話を響かせながら。
((来年も、こうしていられますように。))
願い事はどうやら、二人一緒のようだ。
新年に浮かれる人々のざわめきが近付いてくる。
「……明けまして、おめでとう。」
「ああ、今年もよろしくな。」
ポケットに忍ばせた手に、互いの指を絡めながら。
二人は、人混みの中に紛れていった。
数瞬の沈黙の理由は、空に浮かんだ月だけが知っている。