こつり。
 静かな男部屋に、密やかな靴音が響いた。そうっ、とソファベッドに寄り添い、小さく声を掛ける。
「ゾロ、起きられるか……?」
 サンジの目の前には、紅い顔で眠る愛しい剣豪の姿。
「ん、……。」
 ふるり、と僅かに頭を振ると、ゾロはゆっくりと体を起こした。途端にけほ、と軽くむせ、サンジは慌ててゆるゆるとその背を撫でる。
「いい、大丈夫だ。」
 ゾロはそんなサンジの腕を軽く振り払うと、ほんの僅か、頬を緩めて顔を覗き込む。
「メシ、だろ……?喰うよ、何だ?」
 対するサンジは心配そうに、
「おい、無理すんなよ?」
 脳裏に浮かぶのは、ここ数日の苦しそうな恋人。
 自分の飯を拒絶しないでくれるのはとても嬉しいが、結局吐かれてしまうのはもっと切ない。それに、ゾロが苦しそうにしているのは、サン ジだって辛いのだ。

 ゾロは、少し頬の痩けた顔を曇らせた。
 グランドラインの不安定な気候変化の所為で分かりづらいが、今日は1月3日。新年が始まって、もう3日も過ぎているのだ。それなの に自分は、大晦日に用意された蕎麦を戻してしまってから、ろくに飯も喰えていないし、サンジもお節料理にお雑煮におやつの餅まで用 意したりして忙しい。淋しいのは病人の常だと耐えてはいたが、サンジとの接点を持たずに過ごすのはもう限界だった。
「無理しないでいいから。こんな時に残したからって俺怒らねぇよ?」
 サンジの優しさだと分かっていても、熱に浮かされた心は自覚よりも遥かに弱っていて。
「るせぇな。喰うっつってんだろ!」
 言葉はきつくなっても、その瞳の端には涙が確かに滲んでいる。
 そんな潤んだ目で見つめられて、思わずサンジはうっと詰る。<
 サンジだって、愛する人と共に過ごしたいのは一緒なのだが……、彼の場合、穏やかな雰囲気だけを望んでいるのではないのが問題な のだ。
 ずばり、彼は今、ヤリたくてヤリたくてどーしようもありません、と言う状態なのだ。
 数多くの浮名を流した彼にとって、大晦日には恋人の身体をそれこそ日の出を拝んだ直後からでも求め合い、そのまま初夢を共有する、と言うのが当たり前となっていた。彼にかかれば、新年はベッドで迎えてこそ、なのである。
 そんな彼にとって、ゾロの不調は青天の霹靂。いくら一週間前のクリスマスには甘い一夜を過ごしたからといって(あの晩は蝋燭の雰囲 気に流されたゾロがノリノリで可愛かった)、イベント好きのこの男は全てのイベントを制覇しなければ気が済まないのである。
(ああ、それが初っ端から挫けるなんて……!)
 ゾロとは多少の温度差が見られるものの、こちらもある意味辛かったのだ。しかもゾロはと言えば、火照った肌にうるうるの瞳で「サンジ。」なんて掠れた声で呼ぶのだからたまったもんじゃない。とてもじゃないが理性が持たない。
 サンジがゾロとなるべく顔を合わせなかったのには、そんな事情もあったのだ。

(……で、でも、今はクソヤバいだろ!流石に!!)
 『あの』ゾロが、4日も寝込む熱なのだ。あーんな事やこーんな事をしてこれ以上悪化したら、とギリギリの理性が必死に言う。
 しかし、煩悩と言う名の悪魔もまた、サンジの耳元でそっと囁く。
(相手は並のヤツじゃない。それに、こんなに色っぽい……。)
 せめぎ合いに終止符を打ったのは、そんな苦悩を知りもしないゾロだった。
「なぁ、仕込み終わったら……、一緒に寝ねぇ?」



 ぷつっ。



 どさり。



「え……?」

 ふわふわとした頭は急な展開を理解できず、ゾロはぽうっとして自分の上に乗ったサンジを見上げた。と、そこには、何かを堪えているような表情のサンジ。
「狙ってやってたら怒るぜ?」
 何が言いたいのか、分からない。突然の濃厚なキスはただ、一枚膜を挟んだような快感しか連れては来なかった。


「っ、ふぅ……んん……。」
 頭は更に霞がかかったようになっている。もうゾロは腕のバンダナを残して産まれたままの状態で、中心は開放を求めて滾るような熱を滞 らせている。
 サンジは体中に紅い華を次々と咲かせつつ、右手で震えるゾロの自身を刺激し、同時に左手が内側からゾロを犯している。
「うぁ、んんっ……!っふは、サ、ん、」
「いいよ、1回達って。ゾロ。」
「ぁ……っああああ!」
 びくんびくんと一際大きくゾロの体が跳ねる。サンジは、放たれた白濁に魅せられたようにぺろりと右手を舐めた。
「悪りーな。もうちっと、頑張ってくれよ……っ!」
 言いながら自身を取り出し、解れた後孔に一気に挿入する。
「……っ!くぅ、ああああ!!」
「っは、あっつ……。」
 常時でも高めのゾロの体温が、今は灼けるような熱さで、サンジは持っていかれそうになるのをどうにかこうにか堪えた。
 しばらくそうして馴染ませてから、ゆるゆると腰を動かして、少しずつ内壁を擦ってみる。
「あぁっあん、ふぅ、んっああああっ、はぁっ……。」
 次第に大きくなる腰の動きとゾロの艶やかな声。サンジは、我知らず小さな喘ぎを洩らしながら、性急にゾロを高みへと追い詰めた。
「あああっ、ンジッ、も、……!!」
「ゾロ……っふ、ぅ……!!」


 ドクン!


 壮絶な快感に、頭の中が真っ白に染まって。
 二人は同時に大きく仰け反った後、くたりと弛緩して再び身を寄せた。
「はぁ、はぁっ……。」
 ゾロはそのまま気絶するように眠りに落ちてしまい、サンジは先刻より熱い身体に溜息を吐いた。
(あーあ、やっちまった……。)
 ゾロの呼吸は苦しげで、相当の無理を強いたことが伺える。
 互いの身体を綺麗に拭い去ると、サンジはゾロの熱い身体を包み込むようにして目を閉じた。
「明日、卵粥でも作ってやるよ。」
 復活したときが怖いなと苦笑しつつ、意識はすぐに、闇に飲まれた。




 数日後、キッチンに立ったサンジが鼻声だったことに気付いたのは、幸か不幸か、すっかり熱の下がったゾロだけだった。
「ゾロォ〜、何か寒くねぇ?」
「別に。お前だけだろ。」
 素っ気無く言い放ってキッチンを出た、ゾロの口元は緩やかに弧を描いていて。
 漸く、久しぶりのうららかな日光の下での昼寝を堪能しながらも。
(アイツが熱出したら、看病でもしてやるか。)
 しかし彼が次に目を覚ます頃には、サンジはとっくに男部屋で独り、熱い息を吐いていたのだった。



End.