「なあ、ルフィ」
「んん?」
潮風がバタバタと帆布を煽る。船は力強く前へと進み、空は抜けるように快晴。
まさに、ルフィの誕生日として申し分の無い天候だった。
サンジの金糸は風に良いように吹き乱され、太陽をきらきらと反射していた。
「何か、欲しいモンは?」
後で買ってやってもいいぜ。
そう言ってふう、と吐き出した紫煙はあっと言う間に空気に散って何処かへと消えた。
「えー? そうだなー……、」
「「肉。」」
「っぷ……ッ、あははは!」
予想通り、と言ったところか。見事に重なった声にサンジは思わず噴出し、ルフィはむっとむくれた顔になる。
「何だよ、分ってんなら聞くなよー」
「いや、つうかそれはもういくらでもあるから」
ワザとらしく数回咳をして笑いを収め、サンジは再び煙草を口元へと運ぶ。
今夜は一年のうちでも一、二を争うほどの豪華な支度がなされ、夜はどんちゃん騒ぎとなる筈である。
「えーそれじゃー……」
また、ルフィが頭を抱えて考え込む。
「「お前。」」
「……ッ!!」
最早サンジは声も無く笑っている。ルフィは2度も先読みされたのが余程悔しかったのか、ゴムの腕をぐうっと伸ばしてサンジを胸に引き寄せた。
「ぉわ……ッと、アブねえ!」
サンジは慌てて、体から離した煙草を携帯灰皿に押し付ける。ルフィは拗ねた子供そのものの顔をして、サンジの髪に指を絡めた。
「ズリぃよサンジ、俺お前と肉以外はいらねーんだもんよ」
「フン、んなモン毎日やってんじゃねーか」
もぞもぞと収まりのいいように体勢を立て直すと、サンジは細く、しかし力強い恋人の腰に腕を回し、しっかりと抱き締めた。
「じゃ、来年の今日のサンジ。」
「――ってのは?」
「……それも去年やったじゃねえか……。」
しかし言葉とは裏腹に、サンジはほんのりと目元を染めている。その表情に、やっと勝ったと言わんばかりにルフィがシシシ、と笑った。
「あれは今のお前だろ。だから、また次のお前。な?」
サンジの細い首筋にかかる髪は、いつからか少しずつ少しずつ伸びて、今では項を隠すほどの長さになった。ルフィはこの髪を弄るのがお気に入りだ。
「しょうがねえなあ……」
ルフィの指が擽ったくて、結局サンジも笑ってしまう。するとその手がするりと頭を支え、もう一方の手が顎を持ち上げた。
「じゃ、約束のシルシだ!」
「おい、……ンッ……」
真っ昼間の甲板だぞ、と反論する前に、サンジの唇は塞がれてしまう。合わせてしまえば酔わされる感触に、サンジはそっと瞼を閉じた。
知っているのだろうか、この髪が何の為に伸ばされているか、その理由を。
ナミには「健気ね」と微笑まれた。ゾロは呆れたような顔をしたけれども、意外と馬鹿にはされなかった。
いつも一番に敵に突っ込んでいくお前が、来年もこの日を迎えられますようにと。
その強さを知ってなお、そう願わずにいられない無鉄砲な恋人の頭を抱きながら、サンジは口付けあったままで唇を笑ませた。
ハッピーバースディ、ルフィ。
声にならなかった祝辞はルフィの口の中へと消えて、二人だけのものになった。
End.