「ぉおーい、オヤツ出来たぞー。」
 バン、とキッチンの扉を開いて、サンジが首だけでクルーを呼んだ。
「ルーフィー? ウソップー? チョッパー??」
 声を掛けても、甲板から返事はない。不思議に思ったサンジは、日陰のデッキチェアで読書中の女性二人が無言で指し示すその先を
見て、極々僅かに口元を歪めた。
 夏島が近いらしく、じっとしていてもじんわりと汗ばむような甲板の真ん中で、いつものように眠りこける未来の大剣豪。と、その周りを
取り囲むように眠るお子様トリオ。
 その中でもルフィはゾロの腹の上に乗り上げ、体をクロスさせるようにして鼾を掻いている。下になったゾロは常よりさらに眉間に皺を寄せて、
随分と寝苦しそうだ。
「追いかけっこしてたんだけど、ゾロのとこでルフィが躓いちゃってね。で、こんな陽気なのに『ゾロが温けェから眠ぃ』って言って、二人も一緒に
なって眠っちゃったの。」
 団子になって眠る4人を黙って見ているサンジの背中越しに、ナミがそんな状況になった経緯を説明する。と、その隣でにこやかに全員を眺
めていたロビンが、サンジの肩の細かな震えに気付いた。
「コックさん……?」
 笑みは崩さずに声を掛ける。くるりと振り向いたサンジはしかし、いつもと変わらないメロリンモードで
「あぁっ、ごめんねロビンちゃん、ナミさんっ! この気候じゃ喉渇いたでしょ、今日はベリーのムースとハーブティーだよ!」
 相変わらず、煙草の煙にまで気を配っている。そうしてそのまま、サンジはタンタンタンと足音も軽やかにキッチンへと戻ってしまった。
「……ルフィ、どーする気なのかしら?」
「今夜は大変そうね、船長さん。」
 女二人の会話をよそに、ルフィは未だ、惰眠を貪り続けていた。


 その日の夜は、一番の宴会好き・ルフィの誕生日とあって、いつにも増して大騒ぎとなった。
 どこから溢れてきたのか疑いたくなるほどの肉の山、巨大なケーキ、樽に入った酒。
 皆で笑って、飲んで、騒いで……。
 勿論、サンジも大量の料理を次々と用意しながら、にこにこと楽しげに振舞っているように見えた。
 ……表面上は。
 そうしてその日は早々に皆部屋へ引き上げてしまい、一人で後片付けをする段になって、彼は漸くその微笑みを崩した。
 一旦皿洗いの手を拭って、煙草に火を点ける。
 黙ってふうっと煙を吐き出すと、ずるずるとシンクに凭れ掛かった。
(はぁ……、クソッ。)
 昼に見た光景が頭をよぎる。
(分かってるんだけど……。)
 あれからだって、ルフィと喋りもしたし、小さな声で「好きだ」とも言われた、のだけれど。
 自分とは犬猿の中の剣士は、ルフィが最初に選んだ男で。だからこそ。
(みっともねーよなぁ、オトコの嫉妬は。)
 はん、と自分を笑おうとして失敗する。今日一日は、ルフィに当たりたくはない。
「あーあ、俺ってホント馬鹿みてぇ。」
 グジ、と煙草を引き寄せた灰皿に押し付けて、片付けを再開すべく立ち上がった、そのとき。
「何で馬鹿なんだ?」
 今日の主役が、顔を覗かせた。
「……ルフィ。」
「なぁ、何でだよ? サンジ。」
 ひたひたと。静かに、誰もが寝静まった空間に、小さく独特の足音が響く。
 サンジはふぃと顔を背けると、洗いかけの皿の山に手を伸ばした。
 ――ぎゅっ。
「っ、おい……ッ、」
「今日さ。」
 背後からサンジの腰に手を回して、零れる抗議の声も無視して。
 ルフィは、ゆっくりと言葉を続けた。
「俺、誕生日だったろ。」
「あんだけ騒いで、今更何言ってやがる。」
 絡む腕の強さに、片付けを諦めたサンジが言葉を挟む。その背中で軽く首を振って、ルフィは言った。
「まだ、一番欲しいもん貰ってねぇんだけど。」
 サンジが抵抗できなくなる、普段より一オクターブは低い声で。

「なぁ、プレゼント頂戴?」

「ル、フィ……。」
 ドクンと、サンジの心臓が音を立てる。ルフィはそれに気付いているのかいないのか、晒された首筋に舌を這わせて、更にまた。
「ひゃ、あっ……。」
「くれよ、サンジ。」
 少し涙目になって、それでもまだ素直になれないサンジが尋ねる。
「な、何だよ、欲しいもんってっ。」
 するり、ルフィの手がサンジのシャツの下にもぐり込んで、そして、
「……お前に決まってんだろ。」


 翌朝。
 大きく背筋を伸ばして、サンジは腰に残る違和感に顔を顰めた。
 隣に転がるルフィの寝顔を、じっと見つめる。
「……ハッピーバースディ、船長。」
 暢気に眠るその鼻をぎゅっと軽く摘むと、サンジはシャワーを浴びに立ち上がった。
 肌に感じる空気の温度は、昨日より更に上昇していた。




Fin.