「畜生……」
 一人、歩きながら呟く。
 微かに触れただけの唇が熱い。

 どうして泣いていたのか、とか。
 何でいつもお前は、肝心な事は何も言わないのか、とか。

 訊ねたいことは、ぐっと胸にしまいこんで。
 どうして自分がサンジに甘いのか、なんて、そんなことは分かりきったことで、今更答えが欲しい訳でもない。

 サンジはいつも、キスの前に許可を求める。
 ゾロはいつも何も言わない。


 何を言えっていうんだ。


 あんな、必死な顔をして。
 ……憎からず思っている相手に、迫られたりしたら。
 断るなんて選択肢は、最初から存在しないというのに。

(そういや、昨日は……キス、してねえ。)

 いつものように酒を飲んでいて。
 いつものように聞かれたから、いつものように黙っていて。
 そうしたら、サンジは急に出て行ってしまったのだ、ラウンジから。
 すぐ戻ってくるだろうと待つうちに一度軽く眠ってしまい、慌てて部屋に帰ったのだったが。
 何か、あったのかもしれない。自分と離れてからの行動の中で、先程の涙の原因となるような何かが。

(…………許せねえ)

 とりあえず、今日はうんと頷いてやろうか。
 それから、サンジを泣かせた相手を聞き出すのだ。

 憎い相手が己であるとも知らず、ゾロはひとしきり小さな決意を固めていた。

(……あいつにあんな可愛い顔させてるのが俺以外だなんて、許せん。)

 口に出して言ったことは、ないけれども。



End.