やがて、テーブルに置かれた砂時計が最後の一粒を落としきり、サンジは大きなミトンをはめてオーブンを開いた。
ふわっ、と甘くて優しい匂いが立ち昇って、今までウトウトとしていた年少組が、一斉にぱちりと目を開いてサンジに飛びついた。
「オラ、待て!火傷すんぞ!ってかレディが先だ!!」
ぎゃーぎゃー言う中からまだ熱い天板を救い出し、標的たちをぱっと大皿に盛って出してやる。途端に攻撃の対象をそちらに変えた3人にほっと息をつきながら、残しておいた分を、ナミとロビンのための皿に移してティーセットと一緒にお盆に載せた。
それから、フッと一人笑って、2・3個小さな皿に取って、ルフィたちから見えない辺りに隠しておく。そうして厚手のコートを被って、女部屋へと足を向けた。
「じゃあ、食器は夕飯の後に取りに来るからね。」
「あら、私持っていくわよコックさん。」
「いいえッ、レディの手を煩わせるわけにはいきませんから。」
常時の口調よりだいぶ穏やかにそう告げると、未だ慣れないのか、ロビンは戸惑ったようにきゅっと軽く眉根を寄せて。
「そう……?では、お願いね。」
その言葉に、黙って微笑みだけを返して。
ロビンちゃんありがとう、背後にそう告げてキッチンに戻ると、山のように焼いたスイートポテトは綺麗に姿を消し、ルフィ・ウソップ・チョッパーは、皿の周りで、くぅくぅと満足そうに眠っていた。
ゆるりと口端を上げて皿を片付けてから、先刻隠しておいた小さな皿を取り出して、唯一キッチンの壁に凭れて眠りこけている剣士へと近付いた。
いつもの眉間の皺が消えたその顔は、年相応どころか幼くすら見える。何の夢を見ているのか、口元には笑みまで浮かんでいる。
コイツは昼寝のとき、いつもこんな顔をしているのだろうか。
それを見逃してきた今までを惜しいと思いつつ、サンジはこの天候に感謝したいと思った。
今度からは、この一流コック自ら、ふてぶてしい居眠り野郎を起こしに行ってやろう。一度知ってしまったからには、この顔を他の奴らに見せるなんて勿体無さ過ぎる。
見ているだけで満たされるなんて、いつ以来の感情だろうか。
脆くて一見頼りなげで、けれど、確かに感じる気持ち。
すい、と指を伸ばして静かに唇に触れると、温い吐息と柔らかな感触。
ちゅ、とその指先にキスをして、真っ赤になって慌てて離れた。
ふと周りから聞こえてきた寝息に、自分も誘われているような気がして。
夕食の仕込みが一渉り終わっていることを、無意味に何度も確認すると。
サンジは、ギリギリおかしくはないだろうと思えるくらいの距離を置いて、ゾロと同じ壁に身体を預けた。
トクトクと少し速めの己の拍動がくすぐったくてじっと目を瞑ると、睡魔はすぐに訪れた。