港に近付く頃には、夕日が水平線に大分近くなっていた。隣を歩くサンジは先程からやや焦った顔になっている。
「ルフィ帰ってんだろうなァ……。」
 言わんとすることはそれだけで伝わった。普段大量の食事におやつがあっても抑えられない食欲が、街のレストランで食事しただけで満足するとは思えない。
 大きくうねるカーブを曲がると、パタパタと風にはためく見慣れた髑髏のマークが目に入る。ややして、賑々しく甲板を駆け回っている人影も見えてきた。
 夕日に一層濃いオレンジに輝く頭が、はたとこちらに気付いて手を振ってくる。
「おっそい! ルフィが待ち焦がれてるわ、飾り付けももう終わっちゃったわよ!」
「ごめんね〜ナミさん、すぐ用意するからッ!」
 ぶんぶんと手を振り返すサンジに慌てたが、後の祭りだ。ナミが目を丸くしてこちらを見ている。
 そりゃあそうだろう、男二人で手を繋いで、なんて、普通お目にはかかれまい。
 だが、これもサンジのリクエストした誕生日プレゼントの内なのだった。我ながら随分甘いことだ、と思う。それでも、コイツが嬉しそうにしているので構わなかった。
 荷物を持った左手は両手分の負荷に悲鳴を上げそうになっていたけれど、船まではあと少し。
 これらが船員を幸せにするディナーに変わるのも、もうすぐの事だろう。
 繋いだ右手がきゅっと軽く握られる。見やればサンジが、ちょっと名残惜しそうな笑顔で
「一旦放さなきゃな、上がるのに。」
 と言うのに、
「また繋げばいい。」
 と返したら、サンジはまた、ふわりと幸せそうな表情に戻った。
 繋がれた手首に絡む銀の光が、それに合わせてちらりと揺れた。


 宴は目的を手放して、好き勝手に盛り上がっている。
 クルーが入れ代わり立ち代わりちょっかいを出しに来るのには辟易したが、それも自分たちの態度の所為なんだろうと思えば少しは鷹揚な対応になった、筈だ。
 一番に寄ってきたナミは
「アンタ達はそーやってイチャついてなさい、でないと船の空気が悪くなって仕方ないわ。」
 とよく分からない文句のような口調で言って来て、ウソップは
「俺ぁハラハラしっ放しだったぜ〜! ったく、おめえらもまだまだこのウソップ様には敵わねえみてぇだなー」
 とやはりよく分からない自慢話だかホラ話だかをひとしきり話し、チョッパーにはきらきらした瞳で
「やっぱり、ゾロとサンジはこいびとどうしなんだよな! オレちょっとだけ心配しちゃったぞコノヤロー!」
 と嬉しそうに説教を食らい、ルフィは食い物の隙間から
「それじゃ肉食い辛いだろ? お前ら」
 ととんちんかんなセリフを残し、ロビンは静かに杯を傾けながら皆を眺めて微笑んでいた。
 それに一々笑ったり怒ったりしながら乾杯を繰り返すうち、サンジは珍しく飲みすぎたらしい。
 繋がった掌から、いい加減酔った奴の体温が届いて自分と混じる。片付けは明日、クルーでやると決めた。サンジが再び忙しく立ち働くのは明日のブランチ辺りだろう。
「ゾぉろ〜……。」
 口調は大分怪しくなって、凭れたサンジの髪がさらりと頬を撫でた。黙って手を握ってやると、そのままフワフワと眠り込んでしまったようだ。
 額に軽く唇を触れさせる。自然とそんな行為に出た自分に、自分が一番驚いた。
 静かに瞳を閉じたサンジが、ゆるりと笑みのカタチに唇を変える。それを見て、無意識に自分も微笑んだ。


 それで良い。
 コイツはまた凹むだろうから口には出さないが、明日をも知れぬ身なればこそ、今精一杯幸せであれ、と。
 信じてもいない神の代わりに、コイツ自身にそう祈った。



 白い手首のアクアマリンが、月光に照らされてかすかに光を弾き返した。






 これからのコイツと自分たちに、どうか幸あれ。




  End.