キッチンでしっかりと餌付けをしてから、男用のグラスを持って蜜柑畑に向かう。
 葉陰から覗けば思った通り、大の字になって眠りこける未来の大剣豪。
 さっき女性陣と話していたとき、ふいに止んだ素振りの音と床下へ向かうごつい安全靴の靴音を、サンジの耳はしっかりと捕らえていたのだ。
 銜えていた煙草を潰して、耳元でそっと声を掛けてみる。
「ぅおーい、ゾロ……? 早くしねえと溶けちまうぞー。」
 勿論、こんな方法でゾロが起きるはずはない。目の前のマリモ頭は相変わらずくかーくかーと寝息を立てている。
 ちょっと顔を離して、更に小声になって囁く。
「起きねえと、襲っちまうぞー……。」
 後5秒な、と最早独り言のように呟いて、一つずつ、数字をカウントしていく。
 5……
 4……
 3……
 2……
 いち、のい、まで言いかけた絶妙のタイミングで、ううと小さな呻き声と共にゾロが身じろいだ。思わずサンジが息を詰める中、ぎゅっと眉を顰めて暫くごろごろとしていたゾロが、ゆっくりとその瞳を開いた。
 水膜の張ったぽやんとした目がサンジを捕らえる。まだ覚醒しきらない視線の先で、サンジがむうと唇を尖らせる。
「何で起きてんだよ、てめえは。」
「……なんかお前、起きろとか言わなかったか?」
 夢うつつに聞こえていたらしい。だからって、今起きるのは反則だ。だったら何で、いつもは蹴らなきゃ起きないんだ。
 などと、サンジがそれこそ身勝手な理屈を頭の中で並べ立てていると。
「それ、俺の?」
 眠っていたゾロはやはり喉が渇いているらしく、珍しく甘いものなのに積極的だ。
 それに対して、サンジがにやりと笑う。
「ちゅーできたらあげる。」
「はぁ?」
 眉根を寄せるゾロに顔を近づけて。
「ほら、出来ねえの?」
 にやにやと要求してやると。
「……アホコック。」
 僅かに頬に朱を刷いて、ゾロの両手がサンジの後頭部に回った。
 そして。
「……んんっ?!」
 ……とんでもないディープなキスを頂いた。
 どうにか対抗しようにも、先制攻撃に驚いた舌は狙い済まされた動きについて行けず。
「っは、ふぁ……。」
 解放された途端かくりと膝が折れそうになって、慌ててトレイを手で抑える。
 そのトレイから、ひょい、とグラスを取り上げて。
「ばーか。」
 ベ、と舌を出してソルベに口を付けたゾロに、サンジは反撃も出来なかったのだった。


暑中お見舞い申し上げます。
水川 晶@Marionette