恋の成功法


 さざめきごった返す人波の中、鳥居の前に綺麗に結い上げられた空色の髪が覗いた。
「ビビ!」
 晴れ着の裾を捌くのに苦労しつつ、ナミは漸くビビまで辿り着いた。はあ、と息を吐くと、挿したかんざしがしゃらんと揺れる。
「ごめん、遅くなって……。」
「雪で電車が止まってしまったんだもの、しょうがないわよ。それより……」
 ふふ、とビビはくすくすと笑みを零した。
「ナミさん、とっても綺麗。」
 気にも留めていないようだけれど、この人出の中で20分は待ったはずだ。それでも、年の初めに、いつまでも情けない顔でいるわけにはいかない。後で何か奢ろう、そう決めてナミは笑顔になった。
「ビビこそ可愛いじゃない。その帯、自分で結ったの?」
「ええ。今年は初めて一人で着付けられたのよ。」
 テラコッタさんに教えてもらったけどね、と言ってまた嬉しそうに笑ったビビにナミも笑って、二人は境内へと足を進めた。


「んナーミすわーん! ビビちゅわーん!vv」
 人混みに揉まれながら参道を進むナミとビビに、不意に横から素っ頓狂な声が掛かった。ぎょっとしてそちらを見ると、真っ赤な顔でヘラヘラと笑う金の頭が、ヒョコヒョコとこちらへ近付いてきた。
「明けましておめでとうっv 二人とも何てキレイなんだぁーvv」
「明けましておめでとう。サンジさんってば、相変わらずね。」
「ていうか、いつもよりヒドくない?」
 ふ、とナミは鼻についた臭いに眉を顰めた。目の前の男の吐く息が、随分とアルコールを含んでいる。
「サンジ君、昼間っから飲んでるわね?」
 呆れてサンジを見ると、渦を巻いた眉がへにゃんと下がった。情けないわね、と思う間もなく、突然、サンジが両腕を伸ばしてナミに飛びついた。
「ナミさん〜〜〜ッ!」
 つい思いっきり振り払うと、泣きそうな顔になってその場にしゃがみこむ。道の真ん中で邪魔になる、と思った時、その首根っこがヒョイと摘み上げられた。
「何遊んでやがる。」
「ゾロ!」
 寒がりで人混み嫌いで、冬はひたすら炬燵に立てこもるゾロが、こんな日にこんな所にいるなんて、とナミとビビは揃って目を丸くした。ゾロがどさりとサンジを落とす。「ふぎゃ」と猫のような声が聞こえた。
「おぅ、おめでとさん。」
「あ、おめでと……って、何でこんな所にいるの?!」
 吃驚した、とナミが言うと、ゾロは赤くなった鼻をマフラーに埋めた。
「……コイツが、朝っぱらから家まで来て煩ェから、」
 サンジの家から、この神社とゾロの家は逆方向だ。
「……健気ね。」
 いっそ憐れむようにサンジを眺め、ナミはちら、とゾロに目を戻した。
 ……気づいているのだろうか。
 いつの間にか、女好きの武勇伝を聞かなくなった。皆がそう気づいたときにはもう、サンジはゾロにメロメロだった。
 目線の動き、ふと掛ける声、その端々から覗くサンジの気持ちは誰が見ても一目瞭然だった。
 ――ただ一人、ゾロを除いては。
 気づいているのかいないのか、元日でも変わらない仏頂面は、そ知らぬふりでサンジを纏わり付かせている。
「で? 何でサンジ君はこんなベロベロに酔ってるわけ?」
「……道々おっさん共がくれる甘酒と清酒、全部貰ってやがったんだよ。」
 ――呆れた、酒の力でも借りようとしたのかしら。
(早く言っちゃいなさいよ、サンジ君の根性なし。)
 見れば、似たようなことを考えているのか、何だかちょっと難しい顔のビビがいる。そのビビの腕を取って、ナミはわざとらしく声を張り上げた。
「ねェ、あっちのリンゴ飴買いに行きましょ!」
「っきゃ、ナミさん?!」
 僅かに上体をぐらつかせたビビは、すぐにちろりと舌を出すナミの魂胆に気づいて笑顔になった。
「ええ、そうね。じゃ、Mr.ブシドー、サンジさん、またね。」
「新年初迷子しないでよ、ゾロ!」
 ナミがぽんと肩に手を乗せると、なるかよ、と唸ってゾロはその手をさも嫌そうに振り払った。
 笑顔で手を振る晴れ着の背中を見送って、足元のサンジに立ち上がるように促す。
「オラ、帰るぞ。」
「う゛ーー……。」
 暴れたのが効いたのか、はたまた女性陣に脈拍を速めすぎたのか、サンジの様子ではここに着いた時より更に回っているらしい。演技でなく頭を抱えるその姿に、ゾロは大きく溜息を吐いた。
「ぅら、腕回せ……っと、」
「うっぎゃ……!」
 些か手荒に肩を貸したゾロに驚いたのだろう。思ったより強い力でしがみ付かれて一瞬息が詰まった。
「歩けるか……?」
「……ん、どーにか……。」
 真横の顔を見やれば、頬は赤いままなものの、目元から次第に青褪めてきている。
 道端で立ち止まる羽目にならないうちに連れ帰ろう、とゾロはもう一度小さく息を吐いた。うだうだ言いつつ少しは正気に戻ったらしいサンジを引き摺るように境内を抜ける。

 お参り中、はぐれてしまいそうな人混みの中で、サンジは必死にブツブツと願い事を呟いていた。
 本人は心の中で唱えているつもりだろうが、無意識に動く唇は、ゾロにその中身を知らしめるのに十分で。
(だから、お前は馬鹿なんだ。)
 ずり落ちそうになったサンジを揺すり上げて、ゾロが思うのはただ一つ。
(……早く、全部吐いちまえ。)
 今の関係が壊れる恐怖も、抱えすぎて今更口に出せないなどと言うプライドも。
 それさえ乗り越えてきたならば。

 徐々に蒼白になっていく横顔に、不意にキスしたくなった。
 どちらが先に堪えきれなくなるのか、それは願いを全て知っている、神以外には分からない。



End.