サンジが死んだ。



 その報せは、ゾロに、何の痛みも与えていなかった。
 いや、痛みはあるのだ。確かに。
 けれど、それは何かに隔てられたような。遠い遠い、どこかで感じるものでしかなく。



 おい、お前、俺の中に、こんだけしかいなかったのかよ。



 寧ろその事実のほうが、哀しいことだと感じられた。




 気が付けば、今夜は満月だ。
 主の居ないシステムキッチンの奥、ぶぅ……んとうなる冷蔵庫から、冷えたビールを取り出して。
 サンジが好きだった、外のキャンプテーブルに一人、腰掛ける。
 外で飲むと、あまり好きでないその苦味さえ旨く感じる。
 ゾロは日本酒、それも米の酒が好みだったが、サンジはビールばかり飲んでいた。

 お前と同じペースでんな度数の飲んだら、体が保たねぇよ。

 そう言って笑って、いつもその後にキスをした。
 ゾロに近い好みの男との、数少ない嗜好の違いが伝わってくるキスだった。




 いつの間にか、持ってきた大量の缶は全て空き、ゾロは飲み慣れない味に、珍しく酔った自分を自覚した。
 明日も、明後日も、一月後も、十年後にも。
 二度と、サンジは帰って来ない。


 ――なぁ、お前……俺はこの先、ずっと、メシ作らなきゃならねぇし、掃除も洗濯もしなくちゃならねぇ。お前、自分のが上手だって俺のこと笑ったじゃねぇか。あん時、お前言ったよな。『これからは、俺がやるから』って。『手ぇ出すなよ』って、確かに言ってた。知ってんだろ、俺は、約束守んねぇ奴なんか嫌いなんだよ。お前、俺に嫌われたら、生きていけねぇんじゃねえのかよ…………――


 出棺のときちらりとのぞいた、白い貌は眠っているようで。
 明日の朝、目覚めたら。自分のことを馬鹿にしたサンジが待っているんじゃないかと、そう思った。
 けれども次の日、迎えたのはただ朝の日差しと、きらきらと舞う埃の粒だけで。
 あの、眼を射るような金髪は。眠気に蕩けた、真っ青な瞳は、どこにも、見当たらなかった。


 今日は、このままここで眠ろう。アイツの自慢の髪のような、黄金<キン>の月を眺めながら。

 硬く閉じた瞳から、するりとたった一粒、押し出された透明な雫は。耳の下を伝って、柔らかな髪を伝って、ぽとり、地面を黒く染めた。
 それは月が悪戯な雲に隠された、一瞬の間の出来事だった。


<終>