ある夜の隅の一室







「ん……。」
 目を閉じて唇を受け入れる。潮風にかさつくのを舐めるから、そこは少し割れて鉄の匂いがした。獣の臭いだ、とサンジは笑う。
 名も知らぬ街の安宿の明かりの下、不埒な意思を持った指先が蠢いて、サンジはもう上半身には何も纏っていない。
「ひぁっ……!」
 不意に胸の飾りを摘まれて思わず声を洩らすと、クッと小さく笑われた。我知らず顔が熱くなる。サンジを見下ろすケモノの瞳が、欲情を隠しもせずに細くカタチを変えた。
「珍しいな。」
「るせえ! ……っぁ、ああ!」
勃ち上がりかけた昂ぶりが無骨な指に絡め取られて言葉が途切れる。咄嗟に逃げた腰は、許されずに太い腕に止められた。
「そのまま喘いでろよ。そのほうがクる。」
「なっ……アホッ、ひ、ああ……ッ!」
 掴まれたそれを暖かな舌に舐り上げられて、サンジの背が大きくしなる。そのまま口内で荒々しく翻弄されると、堪えていた声がいよいよ抑えられなくなった。
「あ、ッく……ン、ぁ、アアッ!」
 ぴちゃ、くちゅっ…………。
 ゾロの顔が上下する度、空気の孕む水音が大きくなっていく。短い緑の髪を梳くように動いていたサンジの指が、グッと強くその髪を掴んだ。
「ああっ、は、ぁああ、ゾロ、も、ゃ……!」
 その言葉に俯いたままニヤリとして、ゾロは一際強く先端を吸い上げた。
「っあ、ああああ!」
 グン、と高く突き出された腰が、一気に力を失ってシーツにくずおれた。吐精の余韻にビク、ビクと細かく跳ねるほの赤い背中に、ゾロは笑んだ形のまま唇を落とした。
「ン……。」
 力の抜けた腕で身体を起こそうとするサンジの頬にもキスをすると、ゾロはその肢体を抱え上げて、向かい合わせになるように胡坐をかいた膝の上に座らせた。
 サンジの内腿に、猛るゾロの熱が当たる。それを感じただけでヒクリと蠢いた己の窪みに、サンジはさっと顔を赤らめた。
「サンジ、……。」
「ハ……ん、ぅ……。」
 言葉少なにキスを促すゾロの額に、大粒の汗がふつふつと浮かんでは流れ落ちていく。唇を重ねたまま薄っすらと瞳を開いて、余裕にない表情を心の中でこそりと笑う。
「ん……ッ、ハン……。」
 ぐちゅ、くちゅ、とゾロの指が後孔をあやす音が段々と大きくなる。痛みに涙を零したのはもうずっと前で、今は擦られる内壁に自身はあっという間に力を取り戻した。
「っし、いくぞ……。」
「ぅん……ッ。」
 ゾロ、と吐息で囁くと、フッと笑いが漏れてゾロの左手がサンジの右手に重なった。思わず縋るようにぎゅっと握ると、熱い塊がサンジの中に入ってきた。
「あ、……ああぁ……っあ、ん!」
「……ク、……!」
 内から犯す熱に、一度綻んだ唇が閉じられない。ぐうっとゾロが押し入ってくる感覚にびくびくと引きかける腰を押し付けるように、サンジはその腰に足を絡めた。
「ハ……、クソ、てっめ……!」
 く、とゾロの眉が寄る。不機嫌そうにも見えるその顔はしかし、雄の色香に満ちてくらりとする程セクシーだった。
「あッ、アッぁああ、……ふうンッ……!」
 その表情にキュウッと窄まった己の秘蕾に内側の肉を抉られて、ますます腰から下の力が抜けそうになる。為す術がなくて泣きそうになったサンジの額に、ぽたりと小さな雫が垂れた。
「慣らしてやってんだ……あんま煽んな……。」
 欲情に掠れた声に鼓膜からも犯される。ゾロの鼻筋を伝って滴る汗の粒がゾロの切羽詰った状況を如実に物語っていて、サンジは無理矢理口角を引き上げた。
「何……、イっちまうのか……?」
 もうちょっとだけ、中にいろよ。
 わざと耳元を掠めるように告げて、ギュッと広い背中に腕を回す。そのせいでゾロの表情が見えなかったのは惜しいが、代わりに埋め込まれたゾロの分身がサンジの中でぐッとその体積を増した。
「…………覚悟しとけよ。」
 返事の代わりに目の前のピアスを歯で引っ張ると、前触れもなくゾロが律動を開始した。

 大きく育ったゾロが最奥を抉る。ピンポイントに前立腺を狙ったその動きに、理性が蕩けて高い声が零れる。
「ヒッ、ア、ア、っゾロ……ッ!」
「サンジッ……!」
 一旦ギリギリまで引き抜かれて、再び一気に満たされる。穿たれた後孔が泡立つ感覚に鳥肌が立った。
「あ、あ、ふ、はぁ、あ、やっ……。」
 見開かれたサンジの瞳から、徐々に焦点が失われていく。開きっ放しの口の端から、つう、と透明な雫が溢れた。
 それを舐め取って、そのまま掬い上げるようにゾロが口付ける。口腔内の淫靡な絡み合いと呼応するように、下半身を打ち付けるスピードが速まってくる。
 握り合った手に力が篭る。繋げたままの唇の僅かな隙間から、どちらのものともつかない苦しげな吐息がこぼれ落ちた。
 ゾロの腕の中、サンジが一際大きく腰を突き上げだす。絶頂間際の証だった。ガツガツと大きく腰を使って、ゾロも解放を求めて駆け昇る。
 一瞬離れた二人の唇が、同じ意図を持って動いた。
「一緒に……!」
「ああ……っ!」
 直後、再び貪りあった互いの口内に、声にならない悲鳴を押し殺した。
 尾てい骨から大脳まで、脊髄を快感が電流のように走り抜ける。痺れは暫し腰骨の辺りに留まって、激しく荒れた呼気が整うまでの数瞬、サンジもゾロもそのままの体勢で黙っていた。
 やがて、ようやく腕の力を抜いて、ゾロがゆっくりとサンジの上に覆い被さった。
 サンジが気だるげに腕を伸ばして、しっとりと汗を掻いたゾロの頭を包み込んだ。そのまま二人眼を合わせて、触れるだけの口付けを交わす。
 しばらくそうした後、ふぅ、と一つ息を吐いて、ゾロがずるりとサンジのナカから萎えた自身を引き抜いた。
「……ァ……。」
 放たれた熱も同時に流れ出し、その感覚にサンジは無意識にゾロをキュっと締め付けた。
 頭上のゾロの動きが止まって、ニヤついた声が降ってくる。
「まだ、俺は出て行っちゃマズいのか?」
 台詞と共に鎖骨に甘く噛み付かれて、掠れた声のサンジがジタバタと身を捩った。
「アホ! これ以上やったら明日の買出し行けねって……ン、」
 ちゅ、と柔らかく唇が触れ合って、
「…………冗談だ。」
「たりめーだ、アホマリモ。」
 今度は僅かな反応にも気付かない振りをして、ゾロはサンジから体を離すと濡れたタオルを取りに行った。
「ホラ、足開け。」
「……疲れた……。」
「だからやってやる、っつってんだろ。」
「んーー……。」
 今にも閉じそうな瞼にそっと口付けを落とすと、ゾロは静かにサンジの下肢を拭き清めていった。
 一人で旅をしていた頃から、実は綺麗好きだったゾロである。つい真剣になって隅々まで丁寧にタオルを使っていると、
「ゾロ……。」
 不意に腕を引かれて、見れば必死に眠気と戦っている様子のサンジがいる。
「寝てていいぞ。」
 自分でも驚くような優しい声。それでもサンジは嫌々をするように首を振って、
「……まえも、寝ちまえ……。」
 掴んだゾロの腕を、胸元に引き込むと。
「…………すぅ。」
 糸が切れたように、眠りに落ちてしまった。
 捕らえられたゾロは、にわかに熱くなった額に空いている方の手の甲を押し付けて低く呟いた。
「……まいった。」
 何が参ったのかは分からないが、ゾロは汚れたタオルを床に放ってサンジの隣に体を横たえると、その白い身体をがっちりと腕の中に抱きしめた。
 眼前に晒された耳の後ろの柔らかな皮膚に唇を寄せ、強く吸い上げる。
「……ンッ、ぅ……。」
 サンジは一瞬小さく呻いたが、すぐに再び夢の世界へと戻っていった。
「……おやすみ。」
 その様子に満足そうに笑って、ゾロもゆるゆるとやってきた眠りの波に身を任せた。


 翌日再会したナミに紅い印をニヤニヤと指摘されて、真っ赤になったサンジがゾロを蹴り飛ばすのは、まだ顔を出さない太陽のみが知る話である。

End.