夜空に月は無く、視界一杯に広がる星達はじっと見つめていると吸い込まれるような、はたまた降ってくるような、不思議な感覚に陥らせる。
 ゾロは許されたたった一瓶から惜しむように酒を呷りつつ、見張り台の上でぼんやりと空を眺める。いつもより若干暗い、新月の日。通常 の
見張りなら必死に目を凝らして交代を待つところだが、ゾロならばすっかり癖のように神経を研ぎ澄ましているお蔭で、人が来れば肌で感じる
ことが出来る。それは、多少アルコールが入ったところで差し支えるものではない。第一、ゾロのざるっぷりはあのナミでさえ認めたほどなのだ。
 ちびりちびり、舐めるようにして味わっていた酒は、しかし休む事無く口を付けていたせいで終わってしまった。ゾロはちっと小さく舌打ちする。
(キッチン行って、酒くすねてくるか? ……いや……。)
 かつん、かつんと、静かな闇を憚るように押し殺した革靴の音がゾロの耳に届く。戦闘の時など綺麗に等間隔な筈のそれは今は少し疎らに
響いて、ゾロにはすぐに予想が付いた。
 ロープを伝ってくるしかない見張り台に何かを持ち込むには、片手に荷物を纏めなければならないのだ。
 それに、僅かに感じる煙草の匂い。
 ――サンジだ。
 かつっ、と、密やかな足音はゾロの真下で途切れて、深夜に遠慮したサンジの囁くような声が聞こえる。
「ゾロ。夜食と酒、持ってきたんだけど。……おい、起きてっか?」
 酷い言いようだ。ゾロは少しだけ眉根を寄せ、そのまま縁から顔を出した。
「寝るか、アホ。酒、早く寄越せよクソコック。」
 表情は見えないが、少し慌てた風な気配がして、サンジはおう、と言ってロープを上がってくる。縁に手を掛け、勢いをつけてすとんと腰を
下ろして、漸く彼の顔はゾロから見えるようになった。
 煙草の匂いに紛れるように立ち昇る、アルコールの香り。頬は火照って目がとろんとして、既にかなり飲んでいると分かる。
 腰を下ろしたまま、持ってきた酒瓶のうちの一つを直接呷りながら、サンジは黙ったままだ。

 ――何で言わねぇかな。こんだけ待ってやってんのに。

 ゾロはまだるっこしい事は嫌いだし苦手だ。そのゾロがこれだけお膳立てを(非常に分かりにくい働きかけでもって)してやったのに、それでも
サンジは何も言ってこない。

 いつもは良く回るその口より雄弁だったのは彼の視線だ。
 ルフィが船首から落ちないかと、警戒しつつ昼寝をしているときも。
 船尾でトレーニングをしているときも。
 そして、彼のテリトリーの中で食事をしているときも。
 ふと気付くと向けられる視線。そして、振り向けばさっと逸らされる視線。
 鈍い鈍いと定評のあるゾロだって、気付かないわけがなかった。
 クソコックは俺を見てる。ずっとずっとずっと。
 けれど決して目が合うことはない。向こうが避けているからだ。
 ならば、その意味は?

 蒼い瞳はますます蕩けそうになって、サンジはぐらぐらと体の中心を失ったように揺れている。
 また明日に持ち越しか、めんどくせェと溜息を吐きたくなって、ゾロは代わりにまた、空を見上げる。
 すると、右半身に温い重みが寄りかかってきた。
「ぅ……うー、んん……。」
 目がほとんど閉じてしまっている。ここで眠られては厄介だ。ゾロは軽く肩を掴んで声を掛ける。
「オイ、眠てぇんなら下降りろ。部屋戻れ。」
 うにゃうにゃとむずかるようにしていたサンジが、そのときふ、と目を開けた。
「んー、あ、ロロら。」
 おいおい舌回ってねーぞ、ゾロはそう思って苦笑した、が。
 その時。
「ぞろ、……ゾロ、大好き。」
 ほにゃああっと幼子のように笑って小さな声で呟いて、今度こそ目を閉じて眠り込んでしまった。
「…………。」
 暫し、硬直。
 ぺし。
 鼻先を、デコピンの要領で弾いてやると、ぎゅっと顔を顰めて緩く首を振る。ぱらぱらと金糸が指に当たって、ゾロはそっとその手を引っ込めた。
「一度しか言わねぇから、よーく聞いとけよ。」
 囁く言葉の端に、僅かに笑みを滲ませて。
「俺も、好きだ。サンジ。」
 少し赤くなった白い鼻の先、ちゅっと自分だけの秘密のキスを。
 明日の朝どんな顔をしてやろうかと、そんなことだけ気になった。






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