いつまでも学校周辺の地理に不案内なゾロに、目的地も告げずにサンジは歩き出した。
「まぁ黙ってついて来いって。」
 にやりと片頬だけを歪めた、見惚れる笑みで言うだけで。
 文句など言う気はさらさら無いゾロは、言われた通りにするしかなかった。
 それにしても、あのサンジが『世界一美味い』と言うのだ。正直、楽しみで仕方なかった。


 ところが、しばらくしてゾロはふと気付いた。周りの風景が、おぼろながら見慣れたものであることに。
「おい、サンジ……。」
「んー?」
「ここ、前に来たことあるぞ。」
 多少鎌をかけるつもりでそう言ったら、心底呆れたような溜息。
「お前ね……ιま、気付いただけ良しとしますか。」
 で、どこなんだ、と。
 促すと、「もう着いたぜ」と言われ驚いた。
 ここはどう見ても食べ物屋がある雰囲気ではなく、住宅地のど真ん中だ。
 今日の6限がバスケットだった所為で、いい加減腹も減っている。こんな所で、如何にして飯を喰うというのか。
 ――その時。ゾロは、入学してすぐの頃、一度だけ訪れたサンジの家を思い出した。
 クラス仲が何故か異常に良くて、全員の家に皆で上がっていたので、嫌そうだったサンジも渋々みんなを招いていたのだが。
 確かそれは、まさにこんな感じの場所ではなかったか。
 ぱっ、とサンジを振り仰ぐと、また、あの、ゾロの抗えない魅力的な笑顔でサンジは言った。
「俺が作ってやるの、メシ。」


 先程から、キッチンからは美味そうな匂いが漂っている。そして多分にそれだけの所為ではなく、ゾロはどきどきと鳴る自分の鼓動を抑えるのに必死だった。
 サンジは、自分が思っていた以上に、自分を気に入っていてくれたらしい。
 実際には傍から見ていれば一目瞭然だったのだが、それを自覚するのはとんでもない恍惚だった。
  サンジは、クラスでいつも中央にいるような奴だ。
 だから、サンジがゾロとつるみ出した当初は皆不思議がった。ゾロ自身も不思議だった。何で俺なんだ、と。
 直接尋ねたことは無いが、多分サンジだって皆の人気者でいたくない時があるのだ。ゾロは、そう理解していた。

 彼を想いだしたのは何時頃だっただろうか。もうずっと、ゾロは自分の気持ちを隠すように隠すようにと、それだけに徹してきた。
 誰も入り込めないほど親密な空気を醸し出していた、この二人ならそんな関係だとしても驚かないかもしれない。
 それなのに、頑なにその気持ちを押し留めていたのは、サンジが極度の女好きだったから。
 どんなに胸が痛んでも、自分は送り出すことしか出来ない。だってそうあることは余程、自然なことなのだから。
 ついさっきまで、この考えに揺るぎは無かったのに。
  俺を、ここに、入れた。
 それは見た目以上に重い意味を持つ。何故なら、サンジはいかに惚れ込んだ女の子であっても、家にだけは絶対に呼ばないと有名だったからだ。彼女だけではなく、友達すらも、高校生になって以来、入れたのはあの一回だけなのだ。
 そこに、ゾロを招き入れる意味。考え始めると、都合良く解釈してしまいそうで怖くなった。
 ――今日は、最高の誕生日だな。
 そう、自分自身に語りかけはするけれど。
 過度な期待に、歯止めをかける自信は無かった。





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