「さ、冷めねぇ内に早く喰え♪」
「…………いただきます。」
手を合わすのももどかしい様に箸を掴んで食べ始めたゾロを、サンジはただ黙ってにこにこと眺めていた。つ、と離れた小鉢に手を伸ばそうとして、ゾロは漸く気が付いた。
「お前は、喰わねぇの?」
尋ねると、「いや、だってこれプレゼントだし」と、よく分からない理屈を返される。
とりあえず想い人に幸せになって欲しいと思ったゾロは(彼にとって、現在の幸せとは満腹を意味するらしい)、深くは考えずに促した。
「腹減ってんなら喰えよ?俺、お前も幸せなほうが嬉しいし。」
言ってすぐ、またやってしまった!!と、頭を抱えたくなった。今日はどうも、自分の本音が零れてしまう運勢らしい。
しかし、次には目を丸くすることになる。サンジが、注視しなければ分からないほど僅か、赤面していたからだ。
……俺なんか変なこと言ったか……?
一旦箸を休めて、顔全体でサンジに向き直る。が、何と切り出そうかと思案している間に、サンジの方から話しかけてきた。
「あれ、もう喰わねぇ?」
やっぱ不味かったか、などと。
とんでもない事を言い出すものだからもう、ゾロはどうしていいのか分からなくて泣きたくなった。
「そ、じゃなくて、……。」
今日の自分たちは、何だか少しずついつもと違う。お互いに――そう、ゾロだけでなくサンジまでが――何かに気をとられているようだ。
ゾロはずっと自分の気持ちのコントロールに精一杯だった。零さないようにそっとそっとと、それだけで。
では、サンジは?
何だか気まずい微妙な空気の中、サンジが突然がたんっと立ち上がった。ゾロはびくっとして、ぽっかり口が開いているのにも気づかずただ見上げる。
「「……。」」
「っ、あー……。」
何だか纏う雰囲気が硬質に思えて、ゾロは無意識に身構えてしまう。
「な、何だよ。」
「あのさ……。」
くしょり、柔らかな金糸をかき上げて。
サンジは目を逸らしたまま、言った。
「俺、お前のこと……、す、好きなんだ。」
「……え?」
突然の出来事にゾロは咄嗟に反応できない。あの、いつだってカッコいいサンジがどもってる、などと、あまり関係無さそうなことばかりが駆け巡る。
今、鼓膜を震わせた音が、現実のものなのか分からなくて。
「おま、え……えっ、ぅええ?!」
時間差で、今頃ぼわんと顔に血が集まる。何と言っていいか分からなくて、でも何か言いたくて、ゾロが途方に暮れていると、サンジがまた、溜息を一つ。
「やっぱ……いいよ、忘れて。」
ほら、早く喰っちまえ。
放り出すように言われて、ますますゾロはどうにも出来ない。もともと臨機応変とはかけ離れた性格だ。一応堪えてはみたものの、あっけなく涙がぽろり、頬を伝って制服に染みた。
向かいに座り込んだサンジが慌てるのが分かったけれど、一度破綻した感情は奔流となって流れ出す。
激情に駆られたまま、ゾロは気付くと叫んでいた。
「お前なんてっ……、女好きの癖に何言ってんだよ!」
すると、サンジがついに顔をくしゃくしゃにして、こちらも思わず大声を上げた。
「お、お前が、お前の方がもててたじゃねぇか!いっつも女の子に告られてっから、俺、絶対誰かと付き合いだすんだと思ってたのに、お前
興味無いみたいだったしっ!」
だから、だから。本当は、隠し通すつもりだったのに。
紡ぎ出される言の葉たちは、ゾロがもっと昔、願って願って、いつしか諦めたものばかりで。こんな事が事実なのかと、呆然としつつ思いを口に出す。
「本当、に……?」
「ほんとの事だよ、ゾロ。俺は……」
お前のことが好きで好きで、もうおかしくなりそうだった。
それを頭が理解した瞬間、自分でも何をしているのか分からなくなった。
「え、お、おいゾロ!!」
ただ、目の前の男がたまらなく大好きで大好きで大好きで。
突然飛びつかれて思い切り動揺したサンジも、すぐ落ち着いて頭を撫でてくれる。今は、それが心地いい。
「俺も、ずっと大好きだった……。」
「ホントか?!じゃあ俺たち、両想いじゃん♪」
その言葉を聞くまで確信できなかったのだと、サンジは漸く本当に笑ってくれた。
その瞬間の衝撃と言うのはまるで未知のもので。今まで見てきたどの表情よりも、この笑顔は美しいと、ゾロは心底そう思った。
あぁ、もう、大好きだ!
サンジを見つめると、彼もまたゾロを見つめていて。
視線に乗せた気持ちがお互いに届いた時、彼らは黙って唇を合わせた。
「マジ、最高の誕生日だ……。」
うっとりとゾロが呟くとサンジは、
「何か俺までプレゼント貰っちゃった気分。」
くすくすと笑い合って、瞳をのぞいてキスをして。
幸せな恋人たちの時間は、止まったままのようで、それでいて飛ぶように過ぎ去っていった。
<fin.>
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