「キスがしたい」
言えば、ゾロはいつも困った顔で俺を見る。
決して拒みはしないけど、してほしいって訳でもない、むしろしてほしくないのかもしれない。
けど俺はいつでも返事を待たずにキスをしたんだ。
だって、そうしなきゃ俺等どこへも行けねえだろ?
「おやつは?」
決まってそう訊ねる船長の、目の下の古い切り傷が何故か目に付いた。
とりあえず手早くホットケーキを焼いてやって黙らせて、さて何を作ろうか、と思案する。
窓から外を眺めれば、清々しい空にむくつけしまりも。何ともいえないコントラストだ。
「ルフィ、何食いたい?」
問いながらも、俺のココロはどうしてか視界に広がる男の裸体に釘付けで。
「肉! 肉が喰いたい!!」
もうホットケーキを平らげちまった船長を蹴り飛ばしに行くのさえ億劫で。
「おやつだっつってんだろ!」
それでも一つ強烈な踵落としを脳天に決めれば、応えていない様子の船長は不満げに唇を尖らせた。
「じゃあゾロに聞いてくるからよ、ちょっと待っててくれよ、サンジ!」
バタン、と大きな音を立てて扉が開閉される。目を離していない窓の向こう、ルフィが錘を振り上げたところのゾロに巻きつくのが見える。
急に目を逸らしたくなって、どかりと椅子に腰を下ろした。朝食を食って以来の感触だ、畜生。
昨日の夜、いつものようにラウンジで二人きり、酒を飲んでいた。
いつものようにキスのお伺いを立てて、いつものように嫌な顔をされた。
それだけの、ことだ。
でも、昨日はどうしてか無理強いする気になれなかった。
だからそのまま部屋に帰った。本当は風呂に入るつもりだったのを今朝にしてまで眠ってしまった。
ゾロがどうしたかは知らない。顔も見ないでここを出て、そのまままっすぐ男部屋まで突っ切ってしまったから。
でも、ゾロは追いかけてこなかった。今朝も普通に起きてきて、飯を喰って、昼寝もして、今ああして鍛錬をしている。
いつも通りだ。昨夜の俺の感じたことや、一晩中考えてたことや、そんなのまるでなかったみたいな。
ドアが開いて、ゾロが汗を拭いながら入ってきた。
「オイ、ルフィがうるせえから、何でもいいからおやつを作って……」
言葉は、俺の上で途切れた。
目を見開いて、ゾロが俺に手を伸べた。
「……なんで、泣いてる」
それはな、気付いちまったからだよ。
俺とお前が、あんまりにも違うってことにさ。
俺がキスしたいって時にお前はそうじゃないし、俺が好きなようにはお前は俺を好きじゃないんだ。
つまりそういうことだろう?
指先が俺の頬に触れる。硬い皮膚が柔らかく俺の肌を辿って、目尻の雫を掬い取った。
「ねえ、ゾロ、」
何でだろう、こんなに悲しいのに。
笑みが浮かぶんだ、一体どうして?
「キスして、キスしたい、なあ、ゾロ……」
だって俺はお前が大好きなんだ。
いつだって一番近くでお前を愛したいんだ。
お前の中にいたいんだ、近付きたいんだよ。
「ゾロ……」
おかしい、涙が止まらない。
止め方を忘れてしまったのはどうしてかな?
「…………ん、」
「アホだろ、お前」
「……え?」
びっくりしすぎて涙も止まった。
ゾロの耳は真っ赤で、背を向けてしまったからそれしか見えなくて。
「早くおやつ作れよ、」
ルフィ止めとくのも一苦労なんだ、なんて、残して出て行こうとしたりするから。
「ゾロ!」
呼べば、さも嫌そうに、だけどゾロは足を止めた。
「ありがと」
「……やっぱりアホだ、テメェは」
にっこり笑って手を振って、改めて顔を赤くしてゾロは今度こそ出て行った。
ああ、何て可愛いんだろう。
「今日は……プリンかな」
仲直りの度にプリンを作ってくれたのはジジイだ。ひっそり冷蔵庫に入っていたりするから、俺もやっぱり隠れて食うのが仲直りのサインだった。
アイツは、許してくれるかな。
涙の跡を拭って、俺は勢いをつけて立ち上がった。
たとえ、二人はどこまでも正反対なのだとしても。
時々こうして交わるのだから、問題なんてないんだろう。
End.
こっそりおまけのゾロサイド