ドアの向こうで沸いた歓声に、サンジは島に着いたことを知った。
 昼食の用意の手を少し休めて顔を出すと、確かに見える。どうやらそれなりに中心地が発展しているようで、新たな食材への期待に胸
が膨らむ。
 メインディッシュに程好く火が通ったところで、島影からいい匂いに興味を移した船長以下、クルーたちがラウンジに集まってきた。
 全員集合かと思いきや、いつもの一人がやはり欠けている。
 サンジは手早く皿に盛り付けてサーヴし、先に食べているようにナミたちに言うと、定番となった船尾の指定席へと足を向ける。
「ゾロは馬鹿だなー、こんな上手い飯に毎回遅れるなんて。」
 ルフィが口の中の肉塊を飲み下して心底呆れた風に言うと、ナミは笑って呟いた。
「馬鹿だから、毎回遅れてくるのかもよ?」
 その言葉が終わる前に、ルフィは次の料理に手を伸ばしていたけれど。

 カツン、カツン、と硬い靴底の音がして、重い瞼をこじ開けるとサンジの顔が目と鼻の先にあった。
「ぉわっ!!」
「よぉ、お目覚めかよクソ剣豪。」
 わざとらしい、派手な音と共にキスを一つ落として、サンジはひょいと立ち上がった。
「メシ、早くしないとルフィに食われるぜ?」
 未だ寝惚けて立てないゾロに背を向けて歩き出し、
「あ、今日買い出し付き合えよ。」
 約束な。と、勝手な言葉を残してラウンジへ入ってしまった。
 くあ、と欠伸を一つ。
「面倒くせぇ……。」
 と一人ごちてから、ゾロも漸く身を起こしたのだった。

「なァ、まだ何かあんのかっ?」
「今日はこれで終わりだ、一旦船に戻るぞ! ……はぐれんなよ天然迷子!」
「誰がだ!」
 中心地は賑わっていた。"それなり"なんてものではなく、人のうねりの中を泳いで進まなくてはならないほどに。
「おい、あっちの道に抜けようぜ。ちょっと人が少ない。」
「船に戻んねぇのか?」
「馬鹿、大体の方角がわかりゃ普通の人は辿り着けるもんなの! ホラ、行くぞ!」
 むっとした顔のゾロの手首を掴んで、大通りから一歩外れた路地に入る。あまり大勢の人間に囲まれ慣れていないサンジは精神的に
疲れを感じたようで、大きく肩で息をした。それをゾロが鼻で笑う。
「あれぐれェで、根性ねぇなァ。」
「うっせぇ、慣れてねーんだよっ。」
 うんざりした顔で辺りを見回して、サンジは急に目を輝かせた。
「おっ、喫茶店がある。入ってみようぜ♪」
「あぁ?! 俺は早く船に……。」
「船に戻りたかったらまず俺の言うこと聞いとけ、迷子マリモ♪」
「俺は迷子でもマリモでもねぇ!」
 律儀に反論しながらも、何故か自分が毎度船に辿り着けないのは確かなので、ゾロはしぶしぶといった風にサンジの後ろに従う。
 覗き込んだそこは、表通りの喧騒が嘘のように静かな空間。
 看板の横のメニューをみると、軽食だけでなくランチもいくつかあるようだ。サンジはニヤリとして、後ろのゾロを振り返る。
「丁度昼時だし、メシ食ってから戻ろうぜ。」
「へいへい。」
 お前のほうが美味い、密かにゾロはそう思ったが、サンジはきっとこの島ならではの料理がないかと期待しているのだ。わざわざ喜ばしてや
ることもないか、と黙って席に着く。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ。」
「この島にしかないメニューとか、あります?」
 可愛らしいウェイトレスに表情を崩したサンジが、それでも真剣に尋ねた。ゾロは任せる、といったようにぼんやりと窓の外を眺めている。
 ――ちったぁこいつも、妬いたりしてくれりゃーいいのに。
 横目でゾロを見て何となくそう思い、サンジは苦笑した。
(こぉんなクソ可愛い子が目の前にいて、それでも俺はこいつの事考えてんのかよ。)
 ごめんな、と胸の内で勝手に謝りながらサンジは、彼女が流暢に紹介してくれた料理のうち3品ほどを適当に注文し、去り際に「あ、」と
声を掛けた。
「灰皿、あります?」
 ウェイトレスにしては知識の深い女の子は静かににこりとして、
「こちらのテラス席でのみ喫煙OKですが、移動していただいてよろしいですか?」
 サンジが目でゾロにお伺いを立てる。それをへ、っと一蹴して、ゾロは立ち上がった。
「どうせ耐えらんねえんだろ。」
「……ごもっとも。」
 苦笑して、サンジも立ち上がった。

 料理は絶品だった。サンジの味に慣れたゾロでさえ、「へェ。」と目を丸くしたくらいである。サンジはこんな店を見つけられて嬉しそうだ。
「うし! これ、皆にも出してみっかな。お前の口にも合ったみてェだし。」
「作り方、わかんのか?」
 ゾロがふと疑問に思って尋ねると、サンジは思いっきりむうっとした顔をして見せた。
「手前ェ、俺様を誰だと思ってやがる。食えば大体予想は付くんだよ。あ、でも、……そうだ。」
 何か思いついたそのサンジの顔にゾロはちょっと身構える。こんな顔のときのこいつの提案は、何かと碌な事がない。
「な、明日もあの店行ってみねぇか?」
 ところが内容は拍子抜けするようなもので、ゾロは分からないようにそっと息をついた。しかし……。
「でさ、どうせなら待ち合わせしねぇ?」
「はぁ?」
 まるで訳が分からない。何が「どうせなら」なんだ?
 そんなゾロに苦笑して、サンジは「いーだろ?」と迫った。
「いつも一緒だから、たまにはこんなデートもおもしれーだろ?」
「阿呆……。」
「何か言ったか?!」
 ぼそっと呟かれた言葉に素早く噛み付く。そんなサンジが内心断られるかも、などと思っているのが手に取るように分かって、ゾロは思わず
笑ってしまった。
「ったく、しょうがねぇな。」
 言葉とは裏腹に何故か楽しげな表情にサンジもほっとして、だが少し不安になって尋ねる。
「お前、迷うなよ……? 町中に矢印でも書いとくか?」
 今日だけで三度言われた"迷う"という言葉にゾロは、
「ちゃんと目印確認したから、大丈夫だ。」
 むっとしながらも、自信満々に返したのだった。




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