とんでもない衝撃と共に目が覚めた。

 慣れたくもなかったのに慣れてしまったその蹴りは、しかし今日はまた一段と重かった。思わずぐッと息を詰め、無理矢理こじ開けた瞼の向こうの男を思い切り睨みつける。
「何しやがるクソコック!」
「おやつだって何度言わすんだクソ剣士。食いっぱぐれねーようにって俺様の優しい心意気に感謝してとっとと食いやがれ!」
 よくも息が続くものだと半ば感心して皿を受け取ると、乗っていたのは表面がつるりとしたチョコレートケーキ。
 同時に受け取ったフォークを刺すと、予想に反してふわりと軽やかな感触でゾロはちょっと目を見開いた。
 ふ、と目を上げると、何故か未だ目の前に構えたままのコックの姿。
(……?)
 不思議に思いながらも、すくい上げた一口を口に運ぶ。それをぱくりと咥えれば、ごくりと息を飲む音が聞こえた。
「……旨いか?」
 もごもごと黙って咀嚼するゾロに、遠慮がちな声が掛かる。珍しい、と思いながら、ゾロは口の中のケーキを飲み込んでゆっくりと二、三度瞬きをした。
「……ああ。」
 別に嘘をつくことでもないので頷けば、目の前の顔が僅か、強張りを解いたのが分かる。同時に、それまで強張っていたのだという事にも、初めて気が付いた。
「食ったな?」
「見てたじゃねえか。」
 再度訊ねられて、思わずいぶかしむ声が出る。見上げたコックが、不意にぐい、と右腕を突き出した。
 少しだけ、ゾロの気がその手に逸れた。


「おれとつきあってください!」


 だから、刹那ぽかんとしてしまった。今耳に届いたその音は、とてもじゃないが信じられない。
 それでも、目の前のクソコックは相変わらず右手を差し出して固まっている。よく見れば陽に透けた耳朶が真っ赤だ。
 急に顔に血が昇っていくのが、まざまざと感じられた。手にしたムースのケーキは太陽の熱に蕩けかけている。
 それを気にする余裕もなく甲板にことりと置くと、ゾロはゆっくりと自分の右手をその腕に向かって差し伸ばした。

「……よ、ろしくお願い、します……」

 ぐ、とその手を掴んだ瞬間。


「サンジ君おめでとうっ!」
「いや〜良かったなサンジ、これも俺様の授けた秘策のおかげ……」
「おめでとう、サンジッ!」
「おーうサンジ、どした? ゾロも、顔真っ赤だぞ! ニシシシ!」
「ふふ、二人とも可愛いわね……。」


 わあっとばかりに寄って来たクルーたちに、ゾロはピシリと動きを止めた。サンジはゾロと手を繋げたまま、いやあどうも、なんて答えている。
 空いた片手で目を覆う。
 ああ、なんて不覚だろう。ここは昼下がりの甲板で、今日は暑くも寒くもなく麗らかな良い天気で、普段は部屋でくつろぐナミ達まで、全員がこの場に出揃っていたと言うのに。
 それでも、繋いだ手を振りほどこうなどという事だけは、微塵も浮かばなかった。



 ――――こうして、サンジとゾロはクルー全員の協力と賛同と祝福の中で、付き合うことになったのだった。




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