あれから、2週間が過ぎた。

 1時間ほど前から見えている島影が、段々と大きくなってきた。
 先ほどからの気候通り春島らしく、それなりに発展していて市街地も伺えるのだが、どことなく島全体が花に覆われているような、いかにも春めいたふんわりとした印象がある。
 それに中てられて徐々に眠りに沈む意識を珍しく必死に保ちながら、ゾロはもう目前に迫った島影を見やった。

 明日は、サンジの誕生日だ。
 当日はサンジ自身のたっての希望で皆でパーティをやることになり、明日の夜は一旦船に戻ることになっている。後はログの溜まる日数次第だ。
 ゾロは、島に着いたら買出しに行こう、とサンジと約束をしていた。今目を閉じたら間違いなく起きられない。約束を反古にしてまで昼寝をするわけにはいかなかった。
 くあ、と大欠伸を漏らしたところで、キッチンのドアが開いてサンジが顔を出した。
 目が合って、ふっとサンジが微笑む。気恥ずかしさから僅かに目線を彷徨わせると、すぐに視線が外れてサンジは女性陣へのおやつのサーブに向かっていった。
 力の入っていたらしい肩から、フッ、と力が抜ける。

 ずっと、こんな感じなのだった。

 なまじ“恋人”などと身構えるからか、クルーの温く見守るような態度の所為か。互いにあれ以来素直に気持ちを告げることはおろか、この2週間と言うもの、二人は会話らしい会話さえ交わしてはいなかった。
 素直でなかった二人の唯一の接点だった喧嘩さえ、今となっては吹っかけようもない。こんなに狭い船の中で、手の届かないのがもどかしかった。
 今日の買出しだって、すれ違いざまに目も合わせずに告げられたのに只頷いて返事をした。女性陣はとっくに何かおかしいと感づいているようだが、とりあえずは静観のスタンスを取ったらしかった。
(……嫌われちゃいねえたァ、思うんだがな。)
 先ほどの曖昧な笑顔を思い出して溜息を吐いた時、身に馴染んだ衝撃と共に船が穏やかに着港した。


 賑やか過ぎる市場の人の群れの中、ゾロはぼうっと前を行くサンジの後頭部を見つめた。
 少しでも良いものを、船の経済状況を鑑みて1ベリーでも安く、と真剣に食材と対峙するサンジは、値切り倒した品物をひょいひょいと寄越すだけで一向にこちらを見ようとしない。
 それは、例えば照れ隠しなのかもしれない、と思う。しかしそんなことを思ったところで、所詮目も合わないサンジから正解を得ることはできなかった。
 自分の誕生日くらいコックを休業してゆっくりすればいい、と言われた時の、サンジの静かで深遠な瞳を思い出す。
『ナミさん。俺は、一番やりたいことが料理なんだよ。だから、誕生日だからって言うんなら、新しい食材を使ってもいいとか、もっと品数を増やしてもいいとか、そういうほうが嬉しいな。』
 結局ナミは買出しの資金をいつもの5割増しまで増やした。却ってしきりに恐縮しだしたサンジに、痺れを切らしてナミは大きな声を出す羽目になった。
『いいから! サンジ君は黙って、そのお金を受け取りなさい! 万が一余ったらお小遣いにでもしていいから!』
 勿論サンジは、そんなことにはしないなどと慌てていたが。

 明日の食材と生ものは、明日買う事になっている。今日は日持ちのするものだけを船に積み込んだら、全員で街の宿に泊まるのだとナミが言っていた。
 あの女のことだから、気に留めていない風でどうして、サンジの誕生日に重なるようにきっちり予定を組んでいたのだろう。久々の陸のベッドさえも考慮に入れて。
 徒然とそんなことを考えて、ゾロは不慣れな感傷を無理矢理己の外へと締め出しながら、サンジの影を追って歩いた。





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