荷物を船へと運んでナミの指定したホテルへと足を向けると、すでに皆揃ってチェックインした後だった。
 ちゃらり、とサンジの掌に鍵を落とすと、ナミは後から出てきたロビンに向き直りながら簡潔に告げた。
「食事は各自、街で取ってもルームサービスでも好きにしてね。あ、もちろん朝のお小遣いの範囲でよ?」
 そう言う自分達はちゃっかり高いレストランへ行くのだろう。船の上では出番のなさそうな胸の大きく開いたドレスを着て、年下のはずのナミはロビンと並んでも引けを取らず悠然としている。
「ついでに、あいつらが何かしないように気にしといてよね〜!」
 その言葉に答える暇を与えずに、そのまま二人はドアの外の闇へと繰り出していった。


 小さな空間に、ベッドが二つとサイドテーブルを、無理矢理詰めたような部屋だった。
 風呂はなく、狭いユニットバスだけがちょこんと取り付けられている。
「先行けよ。」
「……寝るなよ?」
「シャワーぐらい浴びる。」
 ムッとしつつ夜の為に買ってきた酒瓶に口を付ければ、呆れたように眉を上げたサンジはそれでも何も言わずに背を向けた。
 街での買出しから、気が付くと普通に会話できているのに驚いた。傍から聞けば想い合っている同士の会話ではなかっただろうが、こんなにサンジの声を聞いたのは久々だ、とゾロは思った。
 そこで、ふと気付く。今までだって、まともな会話をすることがそうそうあっただろうか。
 あの日より前、二人の間には喧嘩しかなかった。戦闘の時など話さないことはなかったが、所詮二言三言だったはずだ。
 ならば、記憶にあるサンジの声はいつのものだ?
 首を傾げつつ酒瓶も傾けていると、ガチャリと扉が開いてサンジが顔を出した。
「交代。」
「ん。」
 もう一口、と名残惜しく口付けると、瓶は空になってしまった。さすがにこの短時間では決まりが悪く、サンジを見上げて黙って瓶を振って見せると、ふふんとサンジが鼻で笑った。
「んなこったろーと思ったし、いいぜ? まだあるから早く入ってこい。」
「……悪ぃ。」
 空瓶を預けて、ゾロは熱気の篭った扉を開けた。


 二人きりという状況に、日中には感じなかったぎこちなさが募る。
 結局話はあまり弾まず、早々に就寝ということになった。
「灯り、落とすぞ。」
「……ん。」
 ぱちん、と部屋が暗くなり、サンジの気配はしばらくもぞもぞと蠢いていたが、やがて穏やかになった呼気がゾロの耳に届いた。
 背を向けるようにしていた体をごろりと仰向けにして、静かに息を吐き出す。
 腕の伸びる距離の背中は、遠く。
 ――――ああ、そうだ。
 最初に好きだと思ったのは、船のあちこちから届くその声だ。
 年少組に怒鳴ったり、一緒に馬鹿みたいに笑い合ったり、女性陣にメロメロになってみたり、時には静かな声で語り合っていたり。
 自分には滅多に、というより全くと言っていい程向けられないそれらは、けれど、聞いているだけで不思議と心地良く一層眠りを誘った。
 それが、こんな風になるとは、思いもしなかったけれど。
 またあの声が聞ければいい。出来ることなら、それが以前よりもう少し近ければいい、なんて。
 どうしていいかも分からないままに、うとうととそんなことを、願った。





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