翌日も、綺麗に晴れた晴天の空。
市場を歩いているだけで、どこか頭に霞がかかる気がしてくる。
おまけに、非常に珍しいことに、ゾロは少しだけ寝不足気味だった。
昼寝をしていないから、というだけではない。昨夜は結局あの後、隣に息づく気配に妙に眠りが浅くなってしまったのだ。
生欠伸の所為で浮かんだ涙を拳で擦っていると、うっかり先行するサンジを見失いかける。
焦ってようやく追いつくと、目指した男は野菜を吟味している最中だった。
邪魔しても、と身を引きかけて、ふと気付く。
サンジが買い物中の八百屋のすぐ隣の店を、ゾロは暫し黙って眺めていた。そして。
「……。」
何やら考える顔つきで、店員に声を掛けた。
店を出ても、なおサンジは買い物を続けている。黙って、金糸がさらりと陽を反射して動く様を眺めてうつらうつらしていると、出し抜けにそれが大きく動いてキラリとゾロの目を灼いた。
驚いてぱちぱちと瞬きを繰り返すと、こちらを振り返ったサンジがそれを見てちいさく微笑んだ。
「何やってんだ、行くぞ。」
掛けられた声音も、どこか今日の日の光のように和らいでいる。
どうやら買い物は今ので最後だったらしい。
歩みだしたサンジに肩を並べると、ゾロはおもむろに片手をポケットに突っ込んだ。
「…………やる。」
ぐ、と目の前に突き出された握り拳に、今度はサンジが目をしばたかせる。そこへもう一度ゾロが腕を伸ばし、サンジはぽかんとした顔のまま足元に荷物を置いて片手を差し出した。
気が付けば、足はとっくに止まっている。
かさ、と掌に落ちたのは、少しよれた装飾の無い紙袋。
じっと見つめる目線に促されて逆さにすると、掌にしゃらん、と落ちてきたのは、細い銀のブレスレットだった。
散りばめられた青い石はアクアマリンだろうか。
「っえ、な、どしたの……これ。」
お礼よりも先に口を付いた本音に、ゾロの眉間がきゅっと寄る。
「誕生日、なんだろ。お前」
それを聞いて、サンジはゆるゆると手元に落とした目線を上げた。ぼうっとゾロを見つめる顔が、にわかにぱあっと紅潮する。
「あ……ありがとッ!」
どうにか礼を告げて、わたわたと手の中のブレスレットを着けようとしたが、なかなか金具が填まらない。見かねて、ゾロは仏頂面のまま手を出した。落ち着いて見えたサンジの意外なほどの反応に、どんな顔をしていいのかわからなかった。
「これ、な……。」
「うん?」
ますます身体中火照る様に感じたが、ゾロは先を続けた。指先は細かな金具を押し開けて、対のリングに淀みなく通した。
「お前の、瞳の色だろ。」
店先のディスプレイが、光を弾いて目を惹いた一瞬。その瞬間にゾロは、密かに考えあぐねていたサンジへの贈り物を決めたのだった。
「だから……。」
これにした、と続く筈の言葉は、不意を打ったサンジの唇に遮られた。触れた時間はいくらもなく、柔らかな感触を覚えるより早くそれは離れていった。呆然とサンジを見返したゾロに、サンジは真摯な眼差しで答えた。
「マジで嬉しいよ。ありがとう、ゾロ。」
そして立ち尽くしたゾロの体に、荷物から解放した腕を回して抱き締めた。
「これ、もう外さねえから。ゾロが、ここにいてくれる限り、さ。」
ぎゅっと押し付けられた胸から、同じくらい速い心音が聞こえてきて、ゾロもようやくサンジの背に腕を回した。
傾きかけた夕日に透けて、アクアマリンは不思議な色合いで煌めいた。
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